書評  プレイバック・ビブリオバトル(2)  『君の膵臓が食べたい』(2)

  • 2019/3/14

(つづきである。)

さて、ビブリオバトルでの話の、話だ。確かに、すんなりと物語に入っていける。場景がイメージしやすいからに違いない。ただ、情景描写は、どちらかというと、多くはない、気がする。固有名詞が少なくて、会話が多い。具体的な地名は出てこない。多少、場所が特定できるところもあるにはある。ただ、あまり気にはならない。場景も、どこにでもありそうな日常、あるいは学園生活のワンシーン。あまり説明は、要らない。

これかも知れない。自分のよく知った場所と、引き付けやすいのだろう。人物名も、あるような、ないような。もちろん呼称はある。呼称の多くは、その場面での、その人物の、キャラの説明。一人の呼称がコロコロと変わる。地の文が少ない代わりに、テンポのいい狂言回しのような。なるほど、これも、自分が知っている誰かと、引き付けやすい。場面も人物も、ロールプレイ向きなのかもしれない。突き放し過ぎか。

心憎いのは、本名を知りたくなるような仕掛けが、点々と。ちゃんと、最後まで、引っ張ってくれる。そして、最後には、ちゃんと、物語を振り返らせてくれる。ビブリオバトルでの話、何気に、合点。

ただ、頷いたのは、そこではない。仕事柄、世相や社会は、遠景として見ることが多い。遠景にすると、初めと終わりを付けやすい。ドキュメンタリーのような近景だと、今度は、当事者には寄り添えるのだけれど、オープンエンドになってしまう。終わりがない。この本は、中景、なのかもしれない。「小説は、最後のページまで終わらないと、信じていた」。ところが、彼が信じたようには、ストーリーは進まなかった。あたりまえのようにある日常も、宣告されたシナリオも、所詮、仮設に過ぎない。普段は、忘れている。そんなことを、思い出させてくれた。世代を超えて読まれているのも、分かる気がした。( A. T. )

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