時事雑感   「壁、あるいは国境」(1)(2)(3)

  • 2019/4/22

*投稿の回数を減らした方が良いようだ。これまでの数回分をまとめて投稿することにした。スマートフォンでは読みにくくなるけれど、セクションごとの分量は、これまでの1回分と変わらない。

 

時事雑感  「壁、あるいは国境」

(1)断ち切ろうとするヒト

今年も3分の一が過ぎようとしている。この間の国際ニュースを見返しながら考えた。世界には3通りの人間しかいない。断ち切ろうとするヒト、繋げようとするヒト、そして、関心がないヒトだ。

話題になった2つの壁がある。ひとつ目は、トランプ米国大統領がメキシコとの国境に建設しようとしている壁。もうひとつは、長年係争が続くイスラエルとパレスチナとの間にある分離壁だ。どちらも境界に、少なくとも、壁を挟むどちらかが境界だと考えているところに建てられている。どちらの壁も、それを作ったヒトは、断ち切ろうとするヒト、だろう。ところが、そこには、繋げようとするヒトもいる。

それぞれの国では、この時期、これが政治的対立の要因となった。だからニュースになる。米国では、予算案が議会を通過せず、年の変わり目を挟んで政府機関の一部が停止してしまった。まだできていない国境の壁が、議会内部や議会と大統領との間の壁となっていた。幾つかの世論調査を見ると、国境の壁を巡っては、そもそも、国内世論が割れたままになっている。

イスラエルとパレスチナでは、4月、政権が交代することとなった。イスラエルの総選挙では、120の議席が争われ、右派の「リクード」と中道の「青と白」が共に35議席を獲得。リクードを率いるネタニエフ首相が、極右政党や宗教政党と連合し、5期目に突入する公算となった。パレスチナへの強硬姿勢が続きそうだ。一方、パレスチナでは、アッバス議長側近のシュタイが首班となる新政権が発足した。ガザ地区を実効支配するハマスは、新政権から排除され、パレスチナ内部での分裂も解消されそうにない。この地域には、分離壁のほかにも、幾つもの壁が交錯している。

国際関係が厄介なのは、米国が長年中東和平に前向きな介入をしてきたことだ。つまり、イスラエルとパレスチナの壁を無くそうという話だ。自国国境で新たな壁を作ろうとしているトランプは、中東に向かって、どんな姿勢をとるのだろうか。もうすぐ、米国の新たな中東政策が発表される見通しである。( A. T.)

 

(2)繋げようとするヒト

バンクシー作品ではないか、と報じられ、その後東京都が保管している「ネズミの絵」が、2週間だけ都庁で展示されるという。バンクシーは、まだ、自分の作品だと認定してはいない。

バンクシーの特技のひとつは、壁を武器に替えることだ。バンクシーは言う。壁は強力な武器だ。誰かを攻撃するのにこんなにすごいものはない。確かにストリート・グラフィティの多くは、壁に描かれる。バンクシー作品も同じだ。件の「ネズミの絵」も。

バンクシー作品の怖さは、公共空間の管理者を実際に動かしてしまうことだ。近くに描いたグラフィティと一緒に監視カメラを撤去させたり、偽の公式表示で管理者にそこを公認の落書き広場だと認めさせたり、あるいは、違法行為であるはずの落書きがアートとして保管されたり。管理する側は、公共空間を管理しているつもりで、知らず知らずのうちにバンクシーの術中に落ちていく。

バンクシーはホテル・オーナーでもある。分離壁のパレスチナ側に、その The Walled off Hotelはある。2017年に出来た。2005年、バンクシーは分離壁に、青空とその下で海岸に遊ぶ少年の姿を描いた。Boy at the Beach。壁には穴をあけることができる。穴をあけることで、いや、取り除くことで、子どもたちに壁のないのどかな日常を取り戻してやることができるはずだ。何故しない。グラフィティを超訳するなら、そんなところか。

バンクシーのホテルは、世界一長めの悪いホテル、とも言われる。バンクシー自身の発案だ。係争に終わりの見えないパレスチナとイスラエルを繋ぐ、穴となることを狙っているのかもしれない。バンクシーは言う。いま、壁が世間を騒がせているが、ドナルド・トランプが壁をトレンドするずっと以前から、わたしは壁に入れ込んできた。ただ、バンクシーは、断ち切ろうとするヒトではなく、繋げようとするヒトのようだ。( A. T.)

 

(3)関心がないヒト

同じようなことを考える人がいる。歴史が暗示する国境壁の「穴」。アエラの記事だ。署名は、朝日新聞GLOBE編集部 山本大輔。古今東西の国境壁が紹介され、トランプの国境壁、イスラエルとパレスチナの分離壁、バンクシーの話など、最近の国際ニュースに至る。日本国外から入るニュースを追いかけていると、どうしても、国境や、そこに作られた、あるいは作られようとしている壁が気になる。

ちょっと変わったやり方で、国境、に取り組んでいるコンテンポラリー・アーティストがいる。フランシス・アリス。2013年、東京都現代美術館と広島市現代美術館で個展があった。時間が取れず、残念ながら、図録とテレビ番組でしか見ていない。図録のタイトル「川に着く前に、橋を渡るな」は、ジブラルタル海峡で展開したアクションの記録映像だ。海のなかで、沖に向かって、手を繋いだ子どもたちを並べて、海峡に橋を架ける物語を生み出した。その前、アリスは、ハバナとキーウェストを橋でつなぐ物語を構想し、メキシコ湾に小舟を並べた。ジブラルタル海峡にも、メキシコ湾にも、壁はない。ただ、そこには、ヒトの流れを拒んできた国境が走っている。関心がないヒトにはそれは見えない。

アリスの物語は、イスラエルとパレスチナとの境界にもある。バンクシーとは違い、壁のないところで、関心のないヒトには見えない境界線を、見えるようにした。グリーン・ラインだ。アリスは、境界線に沿って、ただただ緑色のペンキを垂らしながら歩いた。それを録画した。2つの軍隊が向かい合いながらもそれまでは見えなかった境界線が、緑のペンキで、見えるようになった。

アリスは言う。ルネサンス期の高度な合理社会がユートピアの創出を必要としたのに対して、現代に生きる我々は寓話を作り出さなくてはならない。アリスの寓話は、見えなかった境界を可視化し、ときに、境界で断ち切られた空間や人々を繋いでさえいる。もしそれが、ワクワクと心躍る寓話でなかったなら、関心のないヒトには、寓話さえ、見えなかったかもしれない。( A. T. )

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