時事雑感 BN (2016年4月30日更新)

  • 2019/4/30

時事雑感BNリスト

「大統領、吠える。」:2019年2月20日

「もうひとつのフェイク・ニュース」:2019年2月25日

「なんとなくバンクシー」:2019年3月1日

「重なり合う潮目」:2019年3月9日

「その次が見えない」(1)(2):2019年3月20-21日

「戦後そして冷戦後」(1)(2):2019年3月23-24日

「一枚の色紙」:2019年3月26日

「つながること」(1)(2):2019年4月7-8日

「インターネットとのつきあい方」:2019年4月19日

 

時事雑感 「大統領、吠える。」

 米国のトランプ大統領が、また、吠えた。吠えられたのは、また、CNNのアコスタ記者。2月15日、非常事態宣言署名のプレス発表での話しだ。質問したアコスタにトランプが応じた。CNNはフェイク・ニュースだ!、としたうえで、” It’s a Fake Question! ”。根拠のない質問はするな、とでも言いたいのか。どこかで、聞いた気がする。

フェイク・ニュース。もはや「」(鍵括弧)も、解説もいらないだろう。2016年、米国大統領選挙が行われた。トランプが大統領に選ばれた。そのキャンペーンを通じて、2015年あたりから、この言葉は広がった。2016年、「Post-Truth(真実後)」が、「Word of the Year(その年の言葉)」に選ばれた。選んだのはOED(オックスフォード英語辞典)。OEDによると、2015年5月以降、この言葉の使用頻度が急増した、という。類義語が増殖中。

「フェイク」があるなら、「事実」もあるはずだ。日常的な直観だろう。「嘘をつくな、本当のことを言え」。硬軟の違いこそあれ、同じような事は、言われたこともあるし、言ったこともある。つまり、事実は、どこかにあるはずだ、という訳だ。

色々な機会に、フェイク・ニュースを話題にしてきた。世代を問わず、ちゃんと本当のことを確かめるようにしたいと思いました、という感想が少なくない。ただ、一人ひとりの普通の僕らに、そんなことが、できるのか。技術的にも、時間的にも。独自にファクト・チェックをしている報道機関もある。そのための専門機関もある。ただ、チェック結果が一致しないこともあるという。専門家が、組織的に、動いても限界があるということだ。

「戦争の最初の犠牲者は真実」。アイスキュロス以来、何人もが繰り返し言ってきた。米国も、英国も、そして日本も、戦時ではなかろう。真実や事実は、どうやら、平時でも犠牲になり始めているのかもしれない。いや、待てよ、非常事態か。

(2019年2月19日脱 富田与)

 

 

時事雑感 「もうひとつのフェイク・ニュース」

 英国BBCのホームページに、こんな記事がある。「Fake news: What is it? And how to spot it」。内容は、逐次、更新されている。2月18日更新のものを見た。フェイク・ニュースには2種あるという。「意図的な嘘」と「不確かな情報」。何か目的があって、わざと嘘を伝える場合と、ちゃんと確認せずに、うっかり間違った話を伝えてしまう場合、と言い換えてもいい。受け取る側としては、どちらにしても、事実ではない情報を、受け取ることになる。時には、それを信じて、拡散までする。

ここまでなら、ある意味、分かりやすい。ニュースの顔をした、足の速い「うわさ」のようなものだろう。ただ、ほかに、少なくとも、もう1種類のフェイク・ニュースが、あるような気がする。事実でない情報が広がるのではなく、何を信じていいのか分からなくなる。突然の信頼喪失だ。

30年ほど前、ペルーにいた頃の話。ガルシア政権末期の経済は混乱を極めた。対外債務危機、ハイパー・インフレ、低成長、失業、貧困。いまのベネズエラに、どこか、似ている。そんな折、政府統計は実態を反映していない、という見方が、ニュースを通じて、広がった。報道、国際機関関係者、研究者が、騒然となった。議会でも審議された。政府統計は、信頼できない。大方の見方だった。

こういうことだ。報道機関は、政府統計発表のたびに、その数字から、ペルーの経済情勢を説明してきた。そこに「意図的な嘘」や「不確かな情報」がなければ、フェイクではない。ところが、それまで信頼され、当然信頼できるはずだった情報から、にわかに、信頼が失われた。統計の方が、フェイクだったかもしれない、という訳だ。いったい、どの数字を信じて、政策を、経営を、日々の生活を、そして、将来設計を、考えればいいのか。幸い、ある民間の調査会社が発表する数字が信頼され、それがしばしば引用された。

フェイク・ニュースに加担するのは、情報の送り手や、情報の受け手だけではない。その情報の信頼性を担保すべきもの、例えば、信頼できる数字を発表すべきもの、も加担者のひとりだ。平時にあって、事実や真実を、犠牲にしてはならない。

(2019年2月24日脱 富田与)

 

 

時事雑感  なんとなくバンクシー

今年になってから、バンクシーにはまっている。と、いっても、バンクシーの作品を追いかけて、世界を駆け回るだけの時間と、資金はない。作品と言えそうなもので、実際に見たのは、映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショプ』だけだ。ちょっと、不思議な体験なのだが、作品そのものにはまっているわけではない、ようだ。

いま、3月1日現在、面白がっているのは、バンクシーやその作品についての言説、語りだ。バンクシー自身のものも含め、かなりある。バンクシーが、どう語られているか。語りの内容だけではない。誰が、どんな時に、どんな反応を期待して。ここでも、書評で、『バンクシー ビジュアル・アーカイブ』を取り上げた。

バンクシー。本名・経歴等非公開。顔も声も公開されていない。グラフィティ・ライター、グラフィティ・アーティスト、映画監督、社会活動家、「破壊者」、「芸術テロリスト」などなど、肩書は多い。作品は、タグ、ステンシル画、ステンシルと肉筆の組み合わせ、インスタレーションなどなど、これも色々ある。そもそも、どこまでが、バンクシーの意図した作品なのか、作品と言えるのか、迷う。

まことに、説明しにくい。その説明のしにくさに苦戦している、語り手の、語り方が、面白い。面白おかしい、という訳ではない。バンクシーやその作品を語ろうとすると、どうやら、言わず語らずにしてきた、社会の隠れたルールや合意に、触れざるを得なくなるようだ。

そんな言説たちを追いかけていると、つい、語りの仲間に、加わりたくなる。そして、はまる。いや、ひょっとすると、はまったのは、バンクシーの術中の方にかもしれない。

(2019年2月29日脱 富田与)

 

時事雑感 重なり合う潮目

平成が終わろうとしている。平成が始まった1989年、在ペルー日本大使館で専門調査員をしていた。前年から、毎日数回、天皇の病状を伝える公電が届いた。元号が変わったころからは、米ソ交渉や東欧情勢を伝える公電の数が増えた。昭和から平成への日本の潮目に、いくつかの世界の潮目が重なり、激しく情報が往来していた。インターネットが普及する前の話である。

この年の11月、冷戦の象徴、ベルリンの壁が取り壊された。直後には、チェコスロバキアでビロード革命が起き、12月には、ルーマニアで、チャウシェスク政権が崩壊した。その後、東欧では共産主義からの離脱が相次ぎ、1990年10月にはドイツが統合。1992年のEU条約調印に向かう道筋が付けられた。チャウシェスク殺害と同じ12月、地中海、マルタ島沖のクルーズ船では、ブッシュ(父)米国大統領と、ゴルバチョフ・ソ連共産党書記長との会談が実現した。すでに、1988年6月には、前年に調印された中距離核戦略(INF)全廃条約が発効しており、核軍縮の動きが進んでいた。この会談で、米ソ首脳は、冷戦の終結を宣言した。

2019年3月。もうすぐ平成が終わろうとしている。世界の潮目も、また、重なっているように見える。欧州では、英国が、もうすぐ、EUから離脱しようとしている。米国は、この2月、INF全廃条約の破棄を発表。米中の貿易を巡る紛争や、南米ベネズエラ情勢を巡る米国とロシア、中国などとの対応の食い違いは、「新冷戦」などの表現とともに、報じられるようになった。歴史が、単純に、繰り返したり、逆行したりするとは思わない。ただ、今度は、公電ではなくメールやインターネットを見ながら、既視感のようなものを禁じ得ないのは、本当だ。( 2019年3月8日脱 富田与 )

 

時事雑感 「その次が見えない」(1)(2)

(1)

どうやら、また、事件が起きたらしい。おそらく、テロ事件、という事になるだろう。今回ばかりではないが、どうも、納得がいかない。納得したくない、と言う方が、正しいかもしれない。3月15日午前、いつものように、BBCのホームページに目をやりながら、卒業式の身支度をしていた。といっても、いつものスーツを着るだけだが。速報が入る。最近は、めったな事では驚かない。

銃撃事件。場所はNZ。記事を読み返した。NZの略記を何回か確認した。現場は、ニュージーランド南島、クライストチャーチにある2つのモスクだという。ニュージーランドとモスク銃撃が、どうも結び付かない。先住民との共生、移民受け入れ、等々、ニュージーランドは、マイノリティに寛容な国だ。この認識は、僕だけのものではないだろう。

式の後の、パーティや二次会でも、続報が気になる。いつものことだ。たいていは、続報のたびに、頷く回数が増える。今回は違った。続報のたびに、首を傾げた。SNSを通じて、銃撃の様子が同時中継されていたという。どうやら、事件に結びつく予告のような文書もあったようだ。拘束された容疑者の情報も、点々と。ただ、どうも、釈然としない。

出来事そのものは、次第に、はっきりしてきた。当面は、公式見解を頼るしかない。もうひとつ、はっきりしたことがある。これを、テロ事件、と呼ぶ、ということだ。はじめて、そう呼んだのは、おそらく、ニュージーランドのアーダーン首相。クライストチャーチのダルジール市長も、テロ、と言っている。誰かが、それを、テロ事件、と呼ぶから、そして、その呼び方が繰り返されるから、それは、テロ事件となる。

どうも気になる。この出来事、テロ事件、というだけ説明がつくのか。そもそも、テロ事件、と言ってしまっていのか。今回に限った事ではないが、多くの人が殺害されると、決まったように、テロ事件、という表現が、登場する。そして、この表現が登場すると、何故か、報道の波は、いったん、退いていく。今回も、そんな感じだ。ただ今回、報道では、テロ、という表現は、ある時期から、少なくなったように見える。

 

(2)

誰かをつぶせ、何かを壊せ、という話は広がりやすい。SNSやインターネットの厄介なところだ。何かをしでかした、という映像も拡散する。恐怖、つまりterrorを広げやすい時代には違いない。広げやすいのはterrorだけではない。適当な名詞が浮かばないが、衝動、あるいは、ある種の共感のようなもの。近年、各地で大規模なデモが目立つ。拡散した、衝動あるいは共感が、動員をかけたようだ。感染とでも言うべきか。

1980年代後半から90年代、民主化デモが頻発した。民主化の「第三の波」と呼ばれた。成功した例も少なくない。ペルーにいた頃、実際、そうしたデモに遭遇している。同じ頃、反政府組織による爆弾テロも、日常となっていた。ただ、ときに混じりあうことはあっても、デモとテロの境界は、かなりはっきりしていた。SNSもインターネットもなかった。

ニュースで見る限り、どうも、デモの様子が変わった気がする。乱暴な言い方だが、デモとテロの境界が、少しずつ、曖昧になってきてはいないか。SNSやインターネットは、個人的な衝動でさえ、集団的な衝動や共感に窯変させかねない。

デモに凄惨な暴力が伴うことは、少ない。とはいえ、大規模なデモでは、ときに、物が壊され、死者が出る。軍や警察の暴力もある。マイノリティへの反感が、生まれることもある。最近では、パリからフランス各地に飛び火、さらに周辺諸国にまで広がった黄色いベスト運動では、その一部がユダヤ人への反感を露わにし、シャンゼリゼの多くの商店が焼き討ちにあっている。

こうしたデモや、テロには、その次が見えない、と言う共通点がある。ことを起こし、とりあえずの目標を達成した後、いったい、何を作りたいのか。衝動や共感の感染は、その次が見えないまま、つまり、考えたり、顧みたりする、時間的余裕がないまま、行動に急ぐ雰囲気を作ってはいないか。テロ事件、という独特の響きは、そうした感染拡大を助長しているようにすら見える。今回の事件では、銃乱射事件、のような、より現実味のある表現の報道が多い。事件そのものを、顧みようとする、冷静さは、さすがNZというべきか。( 2019年3月18日脱 富田与)

 

時事雑感 「戦後そして冷戦後」(1)(2)

(1)

2016年だったと思う。『軍旗はためく下に』(深作欣二監督 1972年公開)で脚本を担当した長田紀生さんの講演を聞いた。上映もあったのだが、急用ができて見られなかった。講演で、長田は言う。高度成長期の中でも、戦争で生き残った人間には、こんな日本をつくろうとしていたのか、という思いがあった。しばらく忘れていたが、最近、この話を思い出した。

前の日曜日のこと。午前9時、日曜美術館にチャンネルを合わせた。特に、用事がないときの習慣だ。「浮世の画家」。カズオ・イシグロの小説である。NHKがスペシャルドラマを放映するという。そのために用意された3枚の絵画の制作過程、その3人の作家とイシグロへのインタビュー。イシグロをインタビューしたのは、司会の小野正嗣。後で知ったのだが、彼は、『浮世の画家』の新版で「解説」を書いている。

美術館などで、絵を見ているとき、ふと、その画面から、その前後を含めたあるストーリーが浮かんでくることがある。作家の意図や美術史的背景とは、当面、関係はない。番組で、作家たちが取り組んだのは、その逆である。小説のストーリーそのものの文脈、イシグロが小説を書いた時代の文脈、小説に描かれた戦争を挟んだ時代の文脈、あるいは、番組を見る今の鑑者の文脈。そんな文脈たちを経緯の糸としながら、3人の作家は、そのドラマに相応しい絵画を編み出しているようだった。

当たり前のように、戦争を挟んだ時代、と書いてしまった。戦争とは、太平洋戦争あるいは第二次世界大戦のことである。このことが引っかかっている。前日の土曜日、買ったばかりだった『ニムロッド』(上田岳弘著)を読んだ。時代設定は、おそらく、いま。ただ、物語に登場する、駄目な飛行機たちは、戦争や、そこから繋がる出来事のアレゴリーか。このあたりから、引っかかりは、始まった。何で、いまどき、戦争あるいは戦後、なんだろう。『浮世の画家』を探しに、さっそく、書店に。あった。帯にはスペシャルドラマの番宣が。

 

(2)

期せずして、芥川賞受賞作の次に、ノーベル文学賞作家の作品を読むことになった。戦争あるいは戦後。偶然だろう、と言われれば、それまでなのだが、平成の終わりに、昭和の、戦争あるいは戦後。

僕は、平成をペルーで迎えた。昭和の日本を離れ、平成の日本に帰ってきたことになる。わずか2年余りの話だが、浦島太郎の観があった。行きつけのレコード屋はCD屋にかわり、街の空き地には、雨後の筍のようにカラオケボックスが群生。書店では、大吉を引いた「おみくじ」のような、明るい未来を予測する本が並んでいた。週末には、ペルーですっかり慣れたサルサやランバダを踊った。もちろんディスコで。上手い下手はさておき。80年代、マーケットは、若者文化、に照準を充てていた。戦争が終わって、20年近くが過ぎてから生まれた、僕らの世代だ。

この頃の、この世代にとって、冷戦は、気の晴れない重石だった。ベトナム戦争は小学校のころ。ソ連のアフガン侵攻や中米紛争の勃発は中学から高校にかけて。高校から大学にかけては、宇宙防衛戦略構想、カールセーガンの「核の冬」、が騒がれた。冷戦終結は、いつもあった、そんな重石をはずしてくれた。平成が始まったころ。日本はすごい、という話は聞こえても、こんなはずじゃなかった、という声は、ほとんど聞こえてこなかった。そこにあったのは、終わりを忘れた、バブルの幻想。

こんなはずじゃなかった、という声が、いまは、いたるところで聞かれる。昭和の終わりごろとは、まるで逆のように見える。こんな日本をつろうとしていたのか。長田の話が耳によみがえる。戦争あるいは戦後。冷戦あるいは冷戦後。そして、戦後あるいは冷戦後。昭和の終わりには、あまり顧みられなかったものごとたちが、もういちど、その存在を主張し始めているのかもしれない。(2019年3月22日脱 富田与)

 

時事雑感 「一枚の色紙

相も変わらず、バンクシーに、はまっている。作品集やら、何やらにある言説を集めた。それなりの数になった。作品集の写真を、眺めながら、言説たちを思い返していると、にわかに、少し、道筋らしきものが見えてきた。こうなると、職業病みたいなもので、何か、少しまとまったものを、書いてみたくなる。まったくの専門外で、作品そのものを見てもいないので、まあ、映画は一本見たけど、芸術や美学の話には、ならない。どうしたものか。

バンクシーの映画や、動画を見ていると、ときどき、グラフィティや他の作品を見る鑑者の笑い声が、聞こえる。それを見ている、いや、聞いているかもしれないけれど、バンクシーも、哄笑しているかもしれない。きっと、しているに、違いない。笑い、が気になる。

サインや色紙を書いてもらう。あまり好きになれない習慣のひとつだ。サインをもらったのは、小学校時代に、変身忍者嵐ショーで、嵐からもらったぐらいだろう。かつて、一度だけ、頼んでもいないのに、色紙をもらったことがある。文化人類学者の山口昌男だ。すでに故人である。大学院時代に、講演会の、呼び屋もどき、をした時だ。記念に、だそうである。

山口の著作は、かなり読んでいた。トリックスターや道化の議論が面白かった。笑い、の話が多い。バンクシーとつながった。研究室で、山口の著作を探しながら、色紙のことを思い出した。遠くない昔に、見た覚えがある。どこかにあるはずだ。

やはりあった。山口の似顔絵と一緒に、Boys Be Ambiguous! と書いてある。山口の笑顔が、頭に浮かんだ。山口先生! 教えは、守ってますよ。Boyではなくなりましたが、相も変わらず、Ambiguousです。(2019年3月25日脱 富田与)

 

時事雑感 つながること(1)(2)

(1)

調べ物は美術館に似ている。期待したものとは、違う、何かに出会えるのが妙味だ。それが、ほかの何かと結びつく気配を感じると、悪戯心が巧みはじめる。もちろん、期待したものとの出会いも、それはそれでいい。

巷間、しばしば耳にするようになった、マルクス・ガブリエルの『欲望の時代を哲学する』を読んだ。僕は僕で、『なぜ世界は存在しないのか』を読んでから、新しい実在論が引っかかっていた。ゲーデルやラッセルを思い返すにつけ、どちらも解説書でしか読んでいないし、専門家でもないので生意気なことは言えないが、どこか似ている、ような気がする。この本を手にしたのは、話題性よりは、むしろ、新しい実在論の方が気になったからである。引っかかっていることに、何か手がかりはないか。文字通り、調べものに他ならない。

出会ったのは、フェイクニュース。数年来の僕のテーマのひとつだ。ちょっと意外だった。フェイクニュースにどう対抗するか。ガブリエルは言う、今こそ、本当の事実を見つけ出すため、人類全体として力を合わせはじめなければならない。なるほどそうだろう。さらに続く、民主主義は人々が実際に知っていることを集め、僕らの実際に知っている点と点を結び、現実の系統的解釈を考え出す。SNSやインターネットがあれば、確かにできる。人類全体の協力も不可能ではないかもしれない。ただ、それで本当に解決できるか。

同じ本のほかのところで、仮想的なコミュニケーションは現実のコミュニケーションでもあって、レイヤーが二つあるわけではないので、ネットで誰かのことを嫌いになってしまったら、それは嫌いということだ、ともガブリエルは言っている。最近のニュースを思い起こすにつけ、どうも、こちらの方が気になる。

(2)

Tribalism。しばらく前から、英語メディアで頻繁にお目にかかる言葉だ。辞書には、部族主義、という訳もある。アフリカ政治、例えば、ソマリアの紛争などでは、部族間の対立関係が、部族主義、と表現されることがある。いま見かけるのはこの意味ではない。トランプ政権の米国政治、Brexitを巡る英国議会の党派闘争、ニュージーランドでの銃乱射事件、最近ではトルコの統一地方選挙、などなど。Political Tribalism という表現もある。

共通の敵、共通の価値観、あるいは共通の標語を持った小集団が、SNSなどを通じて、いつのまにか出来上がる。これがtribeになる。共通の敵は、排除される。共通の価値観や標語と相いれないものも、排除される。ある時は言葉で、ある時は投票で、別の場合には暴力を使って。共通の敵が、何がしかのマイノリティならば、それがひとつのtribeとみなされ、それに対抗して生まれたSNS経由の小集団もtribeとなる。Tribe同士の対立関係が、そこには生まれ、国政を動かしたり、暴力事件を起こしたりする。ネットで誰かのことを嫌いになってしまったら、それは嫌いということだ。ガブリエルの言うとおりである。

SNSでつながることが、むしろ、対立を導いている。僕らの実際に知っている点と点を結び、現実の系統的解釈を考え出す。ガブリエルの提案の実現には、SNSやインターネットが必要になるだろう。彼が言うように仮に世界は存在しないとしても、地球という惑星は存在する。これはガブリエルの議論とも矛盾しないだろう。とするなら、距離は克服しなければならず、そのためにSNSを使うとするなら、対立は避けられない、のではないか。

トランプ大統領は、対立するメディアをフェイクニュースと断じ、コミュニケーションを拒否する。一方で、twitterでの発信は絶やさない。そうすることで、自分のtribeを作ったのかもしれない。そこから、さまざまなフェイクニュースが生まれてきた。ガブリエルも、トランプはSNSのことをよく知っている、と言う。もし、そうだとするならば、フェイクニュースと対抗するのに重要なのは、SNSでつながることより、その使い方の方だろう。どう使うのか。一見、堂々巡りの話に見えるけれど、少しだけ、前進した気がする。新しい実在論の理解じゃなくて、フェイクニュースの思索の方が。(2019年4月5日脱 富田与)

 

時事雑感 インターネットとのつきあい方

アサンジがロンドンで逮捕された。Wikileaksの創設者として知られる。アフガン戦争やイラク戦争に関わる米軍の秘密情報を公開し、色々な意味で注目された。各国から、色々な容疑をかけられ、在ロンドン・エクアドル大使館に身を寄せていた。などなど、アサンジの話を書きはじめればきりがない。今回は禁欲しておく。

アサンジがエクアドル大使館のなかにいたのは7年。この間、変わったのは彼の風貌だけではない。インターネットを流れる情報の質も、かなり変わった。

僕自身のインターネットのつきあい方は、ほぼ10年刻みで変わってきている。拙宅のPCを初めてインターネットに接続したのは1995年。電話回線を使っていた。コンピュータ通信に毛が生えた程度で、使い勝手は悪かった。まだ、筑紫哲也がインターネットを、便所の落書き、と言っていた頃だ。

初めてありがたさを味わったのは、1996年12月、在ペルー日本大使公邸で人質事件が発生した時だ。取材の電話が頻繁に入った。この頃には、ペルーの主なニュースは、新聞やラジオのホームページで読めるようになっていた。ある程度の現地事情と、ある程度の語学ができれば、必要な公開情報は手に入れられる時代となった。

情報の質が変わったな、と思ったのは、やはり、2006年、Wikileaksが開設されてからだ。はじめは、あまり目立たなかった。2010年の米軍機密情報の公開が大きかった。それ以来、注目されるような国家や企業の秘密情報が、相次いで公開された。秘密扱いとされた情報が、暴露されやすい時代となった。

アサンジが身を隠してからの、大きな変化は、やはりフェイクニュースだろう。2016年、オックスフォード英語辞典がPost-TruthをWord of the Yearに選んだ。Youtubeの動画も含め、情報が操作されやすい時代に突入したようだ。 (2019年4月18日脱 富田与 )

 

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