書評  IT・AI 三題  『コンビニエンス・ロゴス』、 『ニムロッド』、 『人工知能』

  • 2019/5/2

書評 『コンビニエンス・ロゴス』

『コンビニエンス・ロゴス』 高野亘著 講談社 1990年  第33回群像新人文学賞受賞作品

(1)

哲学不信。哲学の貧困。どちらも帯に付けられた著名人らの寸評に出てくる。哲学という歴史的陰謀、まである。30年ほど前の出版当時の話である。ペルーから戻り大学院に復帰したばかりの僕には、いやでも気になる小説だった。著者の高野亘は大学の非常勤講師。これも気になった。

哲学教授らは甲羅に文字列が浮かび出る亀を飼っているという。その亀は、亀を使って哲学界を支配する秘密結社Aプロから贈られたものだ。教授らは、その亀の甲羅に浮かび出る文字列を、研究論文のテーマにしているという。大学の非常勤講師をする「僕」は、年老いた亀を手に入れる。「僕」の年上の「彼女」には、その亀と交信する能力がある。テレパシーと言ったところか。「僕」は、亀を救助しようとする「彼女」と約束された教授職との間で揺れる。

ずっと忘れていたのだけれど、インターネットとSNSに流れる情報の変化を追いかけているうちに、ふと、思い出した。いや、研究室の本棚で、たまたま見つけた。初読の頃は、帯の寸評とは少し違い、当時のポストモダン思想の何がしか、例えばリゾーム、を戯画化しつつ、大学の閉鎖性を批判した作品だと考えた。

今回、あらためて読んで、少し驚いた。文字の浮かび出る亀の甲羅と、「彼女」のテレパシー。インターネットと、SNSやLineに置き換えられないか。できそうな気がする。おまけに、テレパシーには、亀語と日本語との自動翻訳機能が付いているに違いない。(A.T.)

 

(2)

いまや、コンピュータやそれが繋がるインターネットは、研究には無くてはならないものとなっている。その分、剽窃やデータ偽造などの問題も多くなった。僕は幾つかの理由から意図的に利用はしていないのだけれど、SNSやLineは、個人間あるいはグループ間の通信手段としてかなり普及している。ここ数年の間に、自動翻訳も長足に進歩し、文字でも音声でも使い勝手のいいものが出てきている。この小説の世界は、Aプロの存在を除けば、もはやカリカチャーではなく、現実的なリアルなものとなっている。

ちょっと引っかかるのは、Aプロだ。僕も2つの「Aプロ」のメンバーだった。ひとつは、阿下喜プロジェクト。学生諸君と阿下喜を歩き回った。もうひとつは、特定研究プロジェクトA。教員と観光調査をした。たんなる偶然ではあるけれど。それはさておき、秘密結社は考えにくいとしても、フェイクニュースや、ネットやSNS上のさまざまな噂の存在を考えると、特定の情報を拡散させる、広範な共犯関係は存在している。学術研究の周りにある情報も例外ではないだろう。

作品の最後の方で、亀を使って論文執筆を急いでいた「僕」の様子を、「彼女」はこう表現している。彼は興奮状態だった。いつもの顔とまるで違う。何かに取りつかれ別人のように見える。早く何とかしなければ、(中略)自分の意志の力を信じることさえできなくなってしまう。さて、これを論文ではなく、ゲームに置き換えたらどうだろう。哲学者に限った話ではなく、やはり、今の時代と、ひろく繋がるところがあるような気がする。(A.T.)

 

 

書評 『ニムロッド』

『ニムロッド』 上田岳弘著  講談社 2019年   第160回芥川賞受賞作品

(1)

芥川賞受賞前から読んでみたいと思っていた。引っかかったのは、ビットコインだ。物語のなかで、いったい、どんなふうにビットコインは使われるのだろう。読む前の興味はその一点だった。

中本哲史は、IT関連企業でビットコインの採掘を担当することになった。中本と交際中の田久保紀子は、外資系証券会社に働くキャリア・ウーマン、中絶と離婚の経験がある。中本にニムロッドのハンドルネームでメールを送る同僚の荷室仁は、一度は挫折した小説家への夢を捨てきれずにいる。話は、中本を接点に3人のやり取りが描かれるストーリーの間に、ニムロッドから中本に送られてくるメールが挟まれながら進んでいく。接点となっている中本哲史の名前は、ビットコインの開発者とされるサトシ・ナカモトと同音である。

初読の時から、ニムロッドのメールが気になっていた。それでも、例えば、前半の「駄目な飛行機コレクション」は、第2次世界大戦後の歴史のアレゴリーか、ぐらいに考えていた。今回再読していると、メールの部分が、ソナタの主題提示部のように見えてきた。前半の「駄目な飛行機コレクション」、これが第1主題。後半はニムロッドとの小説「塔に住む人間の王ニムロッド」、これが第2主題。それぞれの主題は、中本やその周辺と結び付けられながら、メール以外のストーリーのなかで展開する。

第1主題は、欲しいものが膨らんでいく、あるいは、手に入れたい、といったところか。前半では、経済的には田久保紀子に及ばない中本哲史自身や、中本が担当することとなったビットコインの拡大を続ける価値が、第1主題で奏でられる。第2主題は、欲しいものがなくなっていく、あるいは、手に入れてしまった、または、諦めた。後半では、第1主題を受けながら、経済的には豊かと言えそうな田久保紀子の過去と目的を見失ったその人生観、そしてニムロッドこと荷室仁の過去と人生観が、第2主題で展開される。(A.T.)

 

(2)

話の筋は、どちらかというと断片的だ。しかも、連続性があるように見える何かを、日常的なカテゴリーで名付けることを避けているようにも見える。例えば、中本と田久保の関係だが、恋人、という表現が使われているのは1か所だけではないか。話に現れる空間や時間のスケール感も大きくはない。点々と短時間で。ページ数も136ページと決して長くはない。それでも、再読後には、不思議な壮大さが残った。

創世記の引用を契機とした「塔に住む人間の王ニムロッド」の部分は、最後の、個がなくなり全体に溶け込んでいく終末世界まで、アポカリプスのようでもある。欲しいものがなくなり個が消えていく。ところが、個は永遠の命を持つようになりビットコインの資産価値も大きい。個でなくなったまま、存在だけはし続けるしかない。

田久保紀子は言う。世界は、どんどんシステマティックになっていくようね。(中略)コードを犯せば、足切りにあって締め出される。(中略)世界全体がそんなふうに締め出しを始めたら、行く場所がなくなる人が続出するかもしれない。

全編を通じて点々と打ち込まれる場面がある。中本はやたらとWikipediaに頼る。何かにつけ、自分たちは知らなくても、誰かは知っている、と納得する。

終末世界がすでに始まっていることを暗示してはいないか。人は知りたい、つまり新しい知識が欲しい、とは、思わなくなり始めてはいないか。自分が知らなくても、Wikipedia に書き込む誰かは知っている。Wikipediaに頼れば用は足りる。個の知識は失われ、Wikipediaという全体の知識に、個は溶け込み始めてはいないか。

これは、この作品の中だけの話ではないだろう。田久保の談話にも現実味がある。ただ、不思議なのはビットコインだ。情報だけの仮想通貨を欲しがる個が、終末世界でも残っているのだろうか。『コンビニエンス・ロゴス』の「彼女」の叫びがよみがえる。早く何とかしなければ。(A.T.)

 

 

書評 『人工知能』

『人工知能』 幸田真音著  PHP研究所 2019年

 

もはや20年近く前の話になる。9・11同時多発テロ事件の後、米国の治安当局は、映画監督らに協力を求め、構想中の映画の情報を収集したという。ある事態を想像できなければ、その事態への対策を講じることはできないからだ。想定外を減らし、想定内を増やそうというのである。この本の紹介記事を読んだ時、そんな話を思い出した。

それまで、行き当たりばったりの生き方をしてきた新谷凱は、大学で人工知能と出会う。新谷は、紆余曲折を経ながらも、大学時代の恩師が始めたベンチャー企業で人工知能に携わる仕事に就いた。そんな時、事件が起こる。政府関係者を招いた自動運転の試験中に、人工知能を掲載した試験車両が招待客をはねた。恩師の依頼で、新谷は捜査に協力することとなった。

シンギュラリティという言葉が注目されるようになってから、人工知能の話題が一気に増えた。ホーキングが、生前、BBCのインタビューに答えて、人工知能が自立的になる可能性があると発言したことも、背景にはある。それ以来、人工知能の危険性と万能性が話題の中心となっている。

この作品で扱われるのもこの点だ。そうした最近の話題を頭に置きながら読み進めると、新谷が捜査協力をはじめたあたりで、こんな結末が頭に浮かんだ。自動運転の事故の原因は、人工知能の機能上の限界、あるいは、人間の指示とは異なる作業するようになった自律性。

謎解き自体は控えるが、読了後に再確認できたのは、充分に理解されないままに人工知能に関する情報だけが拡散してしまっている現状や、人工知能も道具に過ぎない、というあたりまえと言えばあたりまえのことだ。ディズニーは言う。想像できることは実現する。ただ、その時、理解することを素通りすべきではないだろう。『ニムロッド』の中本哲史ではないが、誰かが知っている、だけでは済まされない。(A.T.)

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