展評 倉敷散策  倉敷市立美術館、大原美術館、倉敷民藝館

  • 2019/5/11

 

 

倉敷市立美術館

 倉敷美観地区のはずれに、倉敷市立自然史博物館、市立図書館と並んでいるのが倉敷市立美術館だ。連休中、大原美術館を含む倉敷川周辺から倉敷アイビースクエアにかけては、観光客で賑わっていた。その一角とは雰囲気がかなり違う。いかにも市民向けの空間という感じだ。「すばらしいフランス料理を出す三ツ星レストランの隣に、地元で採れたアユやヤマメの川魚を出す料理店があってもいいじゃないか」(『倉敷市立美術館―池田遥邨と郷土作家―』より)。開館に尽力した片岡雅志元館長の言葉だという。今回の滞在は、「料理店」から始めることにした。

「倉敷市立美術館コレクション展 平成29年度新収蔵作品を中心に」が開催中だった。目的は、他では見ることの少ない地域の作家の作品を見ることだった。ここは岡山県出身の池田遙邨のコレクションで知られる。開館当時の収蔵作品は遥邨のものだけだったという。そのせいだろう、受付で、いささか唐突の観はあったのだけれど、遥邨作品の展示について説明を受けた。新収蔵は葉書が1点だけ。それでも遥邨の作品は多い。全部で105点の展示作品のうち、9点が遥邨。

展示作品が最も多かったのは永岡博。いずれも新収蔵の版画で、21点。点数が多いだけではなく、ひとつひとつの作品も気になった。作家の意図が分からないので、視覚的印象だけの話なのだけれど、シュールレアリズム、と考えたくなる作品が多い。ヒトが、個人と群衆との間で、そして、生物と無生物との間で、不思議に、時にグロテスクに変容しているようだ。前半の作品に時々登場するショウガのような造形の群れはヒト、あるいは群衆だろうか。後半のヒトの姿の見えない風景などの作品に、ヒトの足跡あるいは痕跡を見るのは、穿ちすぎか。何とでも取れそうなタイトルたちにも引っかかる。

倉敷滞在第一日目の午後。おそらく他では出会うことは難しかったであろう、作品と作家に出会えた。片岡元館長の言葉に合点。(A.T.)

 

 

大原美術館

(1)

 大原美術館を訪ねるのは4年ぶりである。2015年に訪ねたのは、留学生研修を引率して倉敷を視察した時だ。自由行動ではあったのだけれど、滞在時間は昼食を挟んでわずかに2時間程度。昼食の時間を思いっきり節約して、大原美術館に入った。とはいえ、2時間弱では、本館すらゆっくり見ることはできない。

倉敷滞在二日目。今回は丸一日を大原美術館に充てることにした。滞在一日目の夕刻、前を通り過ぎると、まだ、長い列ができていた。列を整理していた館の人に朝の様子を聞いてみた。入場券を買う行列ができるだろうと言う。知恵を授けていただいた。いま入場券を買っておけば、明日の朝並ばなくても入場できます。なるほど。美観地区を散策しながら、列が切れるのを待ち、本館、分館、工芸・東洋館、そして特別公開中の有隣荘のセットチケットを購入した。小布施の教訓はあったのだけれど、丸一日かければ大丈夫。逡巡はなかった。

朝、昨夕の人が僕を見つけて、受付に招じ入れてくれた。開館とほぼ同時に、作品を見始めることができた。児島虎次郎の「和服を着たベルギーの少女」がまず目に飛び込んできた。いやでも少女の顔に目が行く。本館に展示された児島の他の絵を見てもそうなのだけれど、女性の顔の部分だけは、丁寧に何度も塗り重ねられているようだ。

本館では、入り口近くでできた人の塊が、そのまま動いていく。そのせいもあり、なかなか足が進まない。階上に行くころから、人が分散し、動きやすくなった。コンテンポラリーのなかに、面白い並びを見つけた。同じ部屋には、大作もある。

フレデリックの大作「万有は死に帰す、されど神の愛は万有をして蘇らしめん」。劫火のなかに沢山の人々が裸でうごめく様は、軍服姿で多くの兵士が喘いでいる藤田嗣治の「アッツ島玉砕」を連想させた。後で図録を見ると、第一次世界大戦で死んだ娘へのオマージュのようだ。そのすぐ近くに、3つの作品は並んでいた。黒い絵の具を大きめの刷毛で、これでもか、と言わんばかりに力強く大きく引いたスーラージュの「絵画」。絵の具をそのまま細かく塗り重ねていったリオペールの「絵画」。そして、鬱々と細い線で何がしかを削り描いている神経質そうなヴォルスの「作品、または絵画」。ひとつひとつでも興味は尽きないのだけれど、フレデリックの作品や他の作品と一緒に、こう並べられると、想像と思考の流れがいやでも点火する。別の意味で、足が進まなくなった。(A.T.)

 

(2)

 本館から分館に。ここから後はすべてが今回初めてだ。本館には、児島虎次郎と欧米の作家の作品が展示されていた。分館には、日本人作家の作品が展示されている。明治以降の洋画やコンテンポラリー・アートの作品が主だ。

普段、美術館で作品たちに接する時、思わず吹き出してしまう時を除いて、直截に感情に頼ることはほとんどない。分館では、珍しく、思わず吹き出したり、感情移入したり、普段とは違う作品体験をした。

何かの作品について言葉で表現しなければならない時に、悲しそうだとか、楽しそうだとか、なかば比喩的に感情に言及することはあっても、作品そのものを鑑賞する時に、感情移入することは、まず、ない。熊谷守一の「陽が死んだ日」。これは違った。画面とタイトルを見た瞬間から、僕は、画面を突き抜け、描いている守一の感情に向かった。あとから図録を見て知ったのだけれど、陽は、守一の夭折した息子だという。僕にとっては、ほとんど初めての経験だが、絵画に、意図せぬまま、感情移入していたようだ。不思議だ。

下の階には、コンテンポラリーの作品が展示されている。ここでは、これは時々あることだけれど、思わず吹き出してしまった。「ウパの垂涎」。松井えり菜の作品だ。本館で見たモネの「水蓮」の池の中から、いかにもモネ風のウーパールーパーがニョキと顔だけ出している。確かに、目はうっとりとして、物欲しげではある。画面を見てもタイトルを見ても吹き出せる。しばらく笑ってから考えた。モネの文脈、松井の文脈、そしてこの美術館の文脈と場所が、この一枚に無理なく収まっているのかもしれない。近くから、パロディか、という話声が聞こえてきた。そう言えそうな気もするけれど、むしろ、如何にもここらしいサイト・スペシフィックな作品、と言いたい気がした。(A.T.)

 

(3)

 昼食をとってから、有隣荘に向かった。春の特別公開のテーマは「緑御殿的美力」。「みどりごてんてきみりょく」と読む。有隣荘の瓦は淡い緑色で、文字通り、緑御殿である。横溝正史の作品に、この名前で登場するらしい。展示に使われたのは3室。いずれも、普段は本館や分館で展示されている作品だという。チラシを見て、フォートリエとロスコを楽しみにしていた。

2つの作品は、どちらも2階和室にあった。フォートリエの「雨」は畳の上に据えられた画架に置かれ、ロスコの「無題(緑の上の緑)」は、床の間の軸物が掛けられるあたりに置かれていた。どちらも、緑である。美術館とは違い、自然の明かりが照明代わりになっているから、美術館で見るのとは感じがかなり違う。「雨」は、いい感じの光のなかで、なるほど雨だな、と思った。至極自然に感じた。「無題(緑の上の緑)」は、少し残念だった。ロスコらしい微妙な色合いの違いから、時間をかけて見ていて初めて浮かんでくる、模様の変化を味わうことができなかった。おそらく表面で光が反射していたのであろう。家のなかで飾る、絵画が本来持っていたであろう役割が、こんな形で表現されているような気がした。

最後は、工芸・東洋館に。僕が通っていた木造の小学校の社会科資料室を思い出した。今回は、棟方志向の「女人観世音版画」が気になった。岡本かの子の詩文が版画のなかに掘り込まれている。絵画や版画に文字が書かれたり彫られたりしていると、僕の目は、まず、文字の方に向かってしまうのが普通だ。だから、マンガを読むのは苦手だ。この作品では、文字があまり気にならなかった。文字の方が装飾的だったと言ったら言い過ぎだろうか。

9時の開館と同時に入り16時まで。昼食の時間があったとはいえ、6時間近く居たことになる。期待通り、思いっきり大原美術館を堪能できた。少し休んでから、夕刻、阿智神社境内で開催中の和あかりイベント「幻想あかり」に出かけた。野外の、それも神社境内での和のインスタレーションは、いかにもサイト・スペシフィックな感じがした。今回は、この時の写真をアイキャッチに使うことにした。(A.T.)

 

 

倉敷民藝館

 倉敷滞在3日目。最終日は昼ごろには倉敷を発たなければならなかった。開館の10分前には着いた。こちらには人は並んでおらず、先客は親子連れの3人組だけだった。入場した後は、しばらく僕ひとりで展示を独占していたようだ。

企画展「工芸品の春夏秋冬 -梅春から初夏へ-」が開催中。案内のはがきには、「春を心待ちにする梅春から風薫る初夏へ」とある。季節を感じる収蔵品が展示されているようだった。展示室に入って、少し意外だった。どこからが企画展なのかが、よくわからなかった。展示を見ながら、しばらく考えていたのだけれど、ひょっとするとこういうことかもしれない。

日本の民藝品には、そもそも季節感のあるものが多い。工芸品の材料は自然から得られるものがほとんどで、季節ごとに、いやでも、使える材料は決まってくる。その材料に応じて工程や形も決まってくるだろう。民藝品に描かれる図柄にしても自然や生活に関するものが多い。描かれている生活も、かつての自然に依存した生産活動や儀礼が多いだろう。遊具にいたっては、季節ごとに変わっていく遊びのなかで使われていた。結局、常設展で展示されるものと企画展で展示されるものは、似通ってしまうのではないか。

そんなことを考えながら、館内を行ったり来たりしていると、壁にかけられた蓑の幾つかが気になりだした。陶器や木製品とは違い、何から作られているのか、その材料が分かりにくい。受付のところまで戻り、学芸員の方に、こちらの疑問を告げた。目録を調べていただいた。手書きで、草、などと書かれている程度で、それ以上のことは分からないという。また、お世話をかけてしまった。

美観地区周辺に3日間滞在したけれど、まだ、見ていないところ、見たりないところ、見ていたいところがかなりある。別の季節に、また、訪ねてみることにしたい。(A.T.)

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