時事雑感  「サイバースペース・アナーキー」(1)(2)

  • 2019/5/21

 

(1)

米国は「クライストチャーチ宣言(Christchurch Call)」には合意しなかったようだ。クライストチャーチ宣言は、政府や関係する民間企業が自発的に合意したもので、オンライン上での過激派などによる暴力的な情報の拡散を防ぐことを目的としている。オーストラリア、ドイツ、インド、スウェーデン、日本など17の国と欧州委員会、そしてFacebook、 Amazon、 Google、Twitter、Microsoftがこれに合意した。一方、米国は、問題意識は共有するが、合意する状況にはなく、表現の自由を尊重したい、という。

クライストチャーチ宣言は、3月にニュージーランドで起きた銃乱射事件を受けて、アーダーン・ニュージーランド首相とマクロン仏大統領の音頭で取りまとめられ、パリで発表された。あの事件では、銃撃の様子がSNSを通じて生中継された。その後、もとの映像は削除されたものの、コピーされた映像が拡散し、今でも残っているという。容疑者はSNSで流された別の国で発生した銃撃事件の映像から犯行を思い立ったとも伝えられ、この事件には、様々な形でSNSが関わっていたようだ。フランスでも、過激派による爆弾事件や乱射事件、自動車による殺人事件などが続いている。これら2つの国がイニシアティブを採ったのは頷ける話である。

4月にスリランカで起きた爆弾事件では、事件直後に、ヘイトクライムにも繋がりかねない偽情報がSNS上に拡散した。フェイクニュースと言ってもいいだろう。ウィクラマシンハ首相は、情報源を確かめて偽のニュース報道に惑わされないよう呼びかけるとともに、関連するSNSは、一時、運用を停止した。スリランカでは、昨年にも、過激派の扇情的な情報が拡散する恐れがあるとして、一部のSNSが運用を停止している。ただ、今回のクライストチャーチ宣言には、スリランカは参加していない。

クライストチャーチ宣言では、基本的には、インターネットやSNSでの情報伝達は自由であるべきであり、また、そうした自由な情報はイノベーションなどに有用であるとの認識が確認されている。ただ、インターネットやSNSを通じて拡散する情報の扱いについては各国での事情や考え方に違いがある。それがクライストチャーチ宣言への対応の違いにも反映された。クライストチャーチ宣言を国際条約のような形にしなかったのには、時間的な問題のほかにも、そうした事情があるのだろう。リアルスペースに世界政府が存在しないのと同じで、サイバースペースにも政府はなく、アナーキー、すなわち全体を統治する、あるいはできるものがない無政府状態であるということだ。(A.T.)

 

(2)

クライストチャーチ宣言を巡る米国の対応には引っかかる。表現の自由とは言っているものの、インターネット情報のかなりの部分が通過する米国では、既に、大規模な監視体制が整備されていることが知られている。いや、知られてしまったというのが正しい。スノーデンが暴露した傍聴システム「プリズム」である。米国からの追跡を逃れたスノーデンが滞在しているロシアや、かつてのシルクロードに倣いユーラシアや周辺のアフリカを交通・通信インフラで結び付けようとする一帯一路構想を進める中国も、クライストチャーチ宣言には参加していない。

最近になり、ロシアが、インターネットに技術的・法的なウォール、つまり壁を導入する法案を成立させた。インターネットの遮断やそこを流れる情報の選別は、これまでにも幾つかの国で前例がある。いずれも場合も、ほぼ例外なく、国内世論を操作・管理することを目的とした権威主義体制下での施策と言っていい。あるいは、民主主義体制下でも、ライフライン等へのサイバー攻撃やフェイクニュースによる選挙への影響などを懸念した選別的な遮断や情報消去の例はある。

今回のロシアの政策の背景には、そうした事情とは別の、国際的な戦略があるのだろう、とBBCは伝えている。「グローバルなインターネットの分断 次は何」。多くの識者に取材した分析報道だ。一帯一路と並行して中国も似たような政策を進めているという。

2010年代に入ったころから、中国とロシアはサイバースペースにおける国家主権の問題をたびたび提起するようになっていた。現在のインフラのほとんどは旧西側により敷設されたもので、そこを流れる情報の多くは米国を通過する。スノーデンが暴露した傍聴システム「プリズム」はそうした現状を利用したものとされる。また、民族問題やクリミア問題を抱える両国は、外部からの情報の影響や世論操作にも敏感にならざるを得ないだろう。誰もが、誰に対しても、また、誰からも、自由に情報を得ることができる。そうした旧西側の思想が不都合になっているという見方もある。

ロシアや中国が問題にしているのは、サイバースペースにおける国家主権と旧西側諸国の優位性である。同調する国々もあるようだ。サイバースペースがアナーキーであることを考えると、結局、2つの国が問題にしているのは、サイバースペースにおける覇権の問題と言えるだろう。誰がインターネットのような公共性の高いインフラを提供し、それを管理するのか、ということである。経済、軍事、文化、いずれの領域でもサイバースペースの存在はもはや無視できない。リアルスペースでの覇権とは別に、サイバースペースでの覇権を巡る競争が始まっているのかもしれない。米中間で、貿易摩擦とファーウェイを巡るやり取りが同時並行で進んでいる背景からも、このことが垣間見られる。(A.T.)

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