書評 チョムスキー3題 『チョムスキー言語学講義』 『チョムスキーと言語脳科学』 『言語の脳科学―脳はどのように言葉を生み出すか―』

  • 2019/5/28

 

『チョムスキー言語学講義』

 

『チョムスキー言語学講義』 ノーム・チョムスキー、ロバートバーウィック著 渡会圭子訳 ちくま学術文庫 2017年

 

ここ何年か、チョムスキーの著作や彼に関する著作が相次いで出版されている。少なくとも2つのことが、いずれの本でも共通して触れられているようだ。ひとつは理系と文系の接合。そしてもうひとつは、人工知能だ。いずれも最近取り上げられることの多い話題で、チョムスキーが提唱してきた生成文法は、双方に関連している。この本もそのなかの一冊だ。かなり手強い。タイトルには言語学とはあるけれど、人類進化や脳に関する知識がある程度ないと、途中で放り出すかもしれない。

ノーム・チョムスキー。大学時代に「英語学概論」の講義で初めて聞いた名前だ。講義を担当していたのは、チョムスキーを日本に紹介した安井稔。安井の名前は、受験時代に使い始めていた英和辞典で知っていた。そのせいか講義の内容も、何となく文法の話だろうと思っていた。ところが高校までの英文法とはかなり違う。理系と文系のセンスが同居したような、不思議な世界だった。今にして思うと、それまでの英文法と生成文法とをうまく橋渡ししてもらったような気がする。以来、生成文法は、さすがに研究テーマとは言えないが、今に至るまで、思い出したように追いかけている話題のひとつだ。

この本の圧巻は、言語は外在的なコミュニケーションの道具よりはむしろ、内的な思考と解釈に結び付いていること、また、言語、ここでは個別言語のベースにある普遍文法は、習得されるものではなく生得的なものであることを、DNAや脳の仕組みを手掛かりに、生物進化の過程のなかで跡付け、それを証明しようとしているところだ。いずれも生成文法の基本的な論点である。しかも、進化から見たとき、言語の出現は、比較的短期間での進化によってもたらされ、しかも、それは現生人類特有の属性で、現生人類以前とは断絶があるという。

生成文法そのものの解説はあまりないが、チョムスキーが生成文法を提唱するまでの発想法や、生成文法のアイディアに内在した生物進化や脳科学との接合、さらに、明示的ではないものの、ディープラニングによる人工知能には、普遍文法のような人間の思考や解釈の原理は含まれないことなど、生成文法と深く結びついたテーマの解説や分析が面白い。僕らが当たり前のこととして捉えている事柄が、生成文法を介して、実はそうではないのかもしれない、と疑わざるを得なくなるところが、難解ながら最後まで飽きさせない。(A.T.)

 

 

『チョムスキーと言語脳科学』

 

『チョムスキーと言語脳科学』 酒井邦嘉著 インターナショナル新書 2019年

 

まだ、4月に出版されたばかり。著者の酒井邦嘉は言語脳科学者。文章も平易で分量的にも読み易いはずの本だ。と思って読み始めて、思い出した。

大学2年生のとき、英語学専攻の外書講読を登録した。生成文法の学術論文を、1回の授業で1パラグラフ程度読み進めた。単語も構文も平易である。と思って始めたのだが、見事に裏切られた。難解である。いくら予習しても追い付かない。途中で知った。最新の論文を教材にする先生だそうで、専攻外の学生が単位を取ったことはないという。ただ、おかげで生成文法の解説書はかなり目を通すことができた。さすがに、S(秀)は取れなかった。

この本で面白かったのは、脳科学の話もさることながら、第2章全部を使ったチョムスキーの『統辞構造論』の解題だ。英語学概論と外書講読の授業の復習をまとめてした感じだ。幾つか腑に落ちないままになっていた点も、合点。同じ事柄でも、別の専門や別の角度から説明を受けると、時に、すんなりと納得できることがある。今回もそんな感じだった。

とはいえ、圧巻は、やはり第3章だろう。タイトルは「脳科学で実証する生成文法の企て」。人文科学領域と考えられてきた言語学が提示した仮説群を、脳科学という自然科学領域の手法で、実証していく。それが可能になった背景には、MRIの技術革新がある。そこに、機械翻訳への応用や人工知能との比較が挟まれる。

読了後、色々な関心から、読むことができそうな本だと思った。ただ、外書講読同様、理解しながら読み進めるのには、手古摺った。(A.T.)

 

 

『言語の脳科学―脳はどのように言葉を生み出すか―』

 

『言語の脳科学―脳はどのように言葉を生み出すか―』 酒井邦嘉著 中公新書 2002年

 

内容はかなり広範だ。分量もそれなりにある。ただ、今回紹介する3冊のなかでは、一番読み易い。おそらく、かなり噛み砕かれた丁寧な書き振りのせいだろう。著者は『チョムスキーと言語脳科学』と同じ酒井邦嘉。駒場での講義をまとめたもののようで、教養課程向きのわかり易さがある。毎日出版文化賞を受賞している。

言語、進化、脳科学といった領域の往復運動が、無理なく理系と文系の考え方を繋げてくれる。言語の本質がヒトならではの特性であることの説明から始まり、全体として、チョムスキーの生成文法を自然科学の仮説と捉えた上で、まず、その仮説の自然科学的な実証方法が示される。そこからは、人工知能のような自然言語からの応用や、自然言語の外在化、すなわち内在的な言語の表現のされ方の違い、例えば手話のような音声に寄らない表現などへと話が進む。そして、最後に、外国語学習を含む言語習得という、おそらく、大学生にとっては最も身近な言語の話題で締めくくられている。

自然科学的な実証の手堅さ。それが、人文科学が提起した仮説に適用され、言語という大きな問題に挑戦を始めたようだ。17年前に出版された本で、今なら「SNS」と言うであろうところが「チャット」となっているなど、時代は感じさせる。『チョムスキーと言語脳科学』でも、挑戦はこれからだと繰り返している。実際、そうなのかもしれない。人工知能の在り方なども、これからあらためて問うていかなければならない理系と文系とを繋いだ課題だろう。ただ、僕と1歳違いの著者に、研究者としての若々しさや堪えない意気込みを見てしまうのは、嬉しいような悔しいような。内容とは別に、この2冊には勇気づけられた。(A.T.)

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