時事雑感  つぶやかなくなったトランプ

  • 2019/6/22

(1)ポスト・インターネット

トランプ大統領がつぶやかなくなった。ホルムズ海峡で複数のタンカーが火災を起こして以来、米国とイランの緊張が高まっている。米国は、いずれの火災も何らかの攻撃によるものでイランが関係していたと主張し、イランはこれを否定している。普段ならばSNS上でひっきりなしにつぶやきそうなトランプだが、イランについては、つぶやいていない。何が起きているのだろう。

iPhoneが発売された翌年の2008年、美術批評家のオルソンが、インタビューのなかで使い始めたとされるのがポスト・インターネットという表現だ。それまでインターネットに接続するには、PCという特別な装置の前に行きそれを立ち上げ、多少いらいらしながらラインにオンしなければならなかった。ところがスマートフォンでは、電話をかけるのと同じ程度の所作でインターネットにつながる。サイバー・スペースと繋がったオンラインの時間と、リアル・スペースだけのオフラインの時間とが継ぎ目なく一続きのものとなった。ポスト・インターネットの時代では、多少極論だが、サイバー・スペースだけでのモノゴトやリアル・スペースだけでのモノゴトは無くなり、モノゴトはすべて2つのスペースにまたがることになる。

SNSはもっとも日常的な場面で、ポスト・インターネットの時代を経験させられる道具であろう。トランプはそれをうまく使ってきた。それまでホワイトハウスは、毎日開かれる記者会見や、折に触れての大統領自身による談話などの形で、「公式」な情報を伝えてきた。「公式」な情報が、ホワイトハウスが発するメールや報道機関によるホームページなどによりサイバー・スペースを通過することは、これまでにもあった。ただ、それはあくまで、記者会見などのリアル・スペースの出来事を、読者というリアル・スペースでの受信者に対して伝えるための道具、あるいは経路に過ぎなかった。

トランプのつぶやきがそれを変えた。トランプ自身がSNSを通じてつぶやくことで、何が「公式」なのかを曖昧にしてしまった。メキシコとの壁、中国との貿易問題などなど。サイバー・スペースでのつぶやきとリアル・スペースでの政策がかみ合わないこと、あるいは朝令暮改のようなできごとが、日常化してもいる。(A.T.)

 

 

(2)リアルって?

オルソンがポスト・インターネットという表現を使ったのは、サイバーとリアルの2つのスペースが等価値で継ぎ目のないものとなった時、アートの表現や認知はどうなるのかという問題提起であった。この問題提起は、トランプンの周りだけにとどまらず、国際関係で広く見られる問題にもなっている。

1990年代初め、まだインターネットが一般には普及していなかった頃の話である。日本の報道で、ペルーのフジモリ大統領(当時)が、反政府組織との和解の可能性を国連総会の演説で触れた、と報じられた。80年代の後半からペルー情勢を追いかけていた僕には、にわかには信じられない話で、実際の演説原稿を確かめてみることにした。まず、東京にある(「在京」という)ペルー大使館に電話で演説原稿のコピーを依頼した。在京ペルー大使館に到着するのに1週間から10日ほどかかるという。演説原稿のコピーは、リマの大統領府からペルー外務省経由で在京ペルー大使館に送られるのではなく、演説原稿はニューヨークのペルー国連代表部にあり、そのコピーがリマのペルー外務省経由で在京ペルー大使館に送られてくるのだという。外交文書の輸送手段(「外交行嚢(こうのう)」という)が使われるのだろうが、時間はかかる。10日ほどしてコピーが届いた。やはり、反政府組織と戦時国際法の関係には触れているものの、和解に関わる内容は見当たらなかった。

今ならば、国連総会での演説はインターネットTVで中継され、原稿も直前あるいは直後にインターネットで公開される。確かに、インターネットの普及は、こうしたリアル・スペースからリアル・スペースへの正確な情報の伝達という意味では、格段の利便性を利用者にもたらした。ところが、動画配信とSNSの普及は、利用者の意識に別の変化をも引き起こしている。

ポスト・インターネット状況での動画イメージの流通増加は、サイバー・スペースのリアル・スペースへの浸食を誘発した。それまであり得そうもなかったモノゴトのイメージがサイバー・スペースで生産され、それが流通することでそのイメージがまるでリアル・スペースでの出来事であるかのように信じられるようになった。それまで「シュールレアル」としか思えなかったものに「レアル(リアル)」の烙印が押されるようになった、と言い換えてもいい。これをよく物語っているのが、例えばISなどが伝えた映像である。サイバー・スペースで広がったそうした映像の幾つかは、当初、事実であるかのように報じられながら、その後、実はフェイクであったと訂正されている。(A.T.)

 

 

(3)常態への復帰

SNSの本来の機能は、利用者同士をつなげ、リアル・スペースの人間関係を構築したり維持したりすることだっただろう。ところが、その普及は、サイバー・スペースとリアル・スペースの間におかしな逆転現象を生じさせてしまった。SNSの利用者が増えることで、サイバー・スペースには利用者同士のつながりが増え、ある種の「コミュニティ」のようなものが生まれた。そのサイバー・スペースでの「コミュニティ」を維持しようとすることで、今度は、リアル・スペースで人間関係に変調が生じるようになってきている。

こういうことだ。SNSで交わされる情報が、サイバー・スペースでの「コミュニティ」を維持する手段となると、SNSで交わされる情報には、それが正確であることではなく、それにより「コミュニティ」が維持しやすくなることだけが求められるようになる。その結果、サイバー・スペースは、リアル・スペースからリアル・スペースへ正確な情報を迅速に伝えるための経路ではなくなる。厄介なのは、そうしたサイバー・スペースの「コミュニティ」はしばしば排他的になることだ。その「コミュニティ」が何者かを排除することでそれを維持しようとした時、SNSを通じて交わされる情報は、リアル・スペースでの、いじめやヘイトスピーチ、つまり人間関係の変調を誘発することになる。選挙期間中からのトランプのつぶやきにも同じような指摘がある。排除や蔑視。そこでは情報の正確さは問われない。

いま、トランプは、リアル・スペースとサイバー・スペースとの間に、もういちど継ぎ目を作ろうとしているのかもしれない。SNSを使わないことで、「公式」と非「公式」、あるいは「シュールレアル」と「レアル(リアル)」の区別をもう一度はっきりさせて、イランに対する米国の姿勢を、公式でリアルなものとして伝えようとしているのではないか。ホワイトハウスから発せられる情報が、公式でリアルなものと認識されるようになる。つまり、常態への復帰である。

では、なぜ、そうした常態復帰が必要なのだろう。自らの正当性の主張が誤解なく伝わり、関係者に正確な情報を伝えなければならない状況、つまり有事を想定している可能性がある。いま、この原稿を書きながら聞くBBCラジオも、イランが米軍のドローン機を撃墜し、両国が非難し合っている様子を伝えている(2019年6月21日午前5時前後)。原油先物をはじめ市場も反応している。トランプは、やはり、つぶやくのではなく、記者会見を開いたようだ。不気味である。杞憂ならばいいのだけれど。(A.T.)

関連記事

受験生サイト
環境情報学部
コンピュータセンター
ページ上部へ戻る