時事雑感 審判はどこに

  • 2019/7/17

(1)最後の審判

 研究室の机の左右には本棚が並んでいる。机のすぐ左手側の3段目には頂き物が並んでいる。そのなかに、一枚だけポストカードがある。ミケランジェロの「最後の審判」。バチカンのシスティーナ礼拝堂の祭壇壁に描かれたフレスコ画だ。昨年、映画祭の会議でご一緒することの多かった高田先生からイタリア土産に頂いた。背景の鮮やかな青が気に入っている。1990年代に進められた修復作業が終了してから撮影されたもののようだ。日本でも、僕はまだ実際には見たことはないのだけれど、徳島県にある大塚国際美術館で陶板のレプリカを見ることができる。昨年の紅白歌合戦で、米津玄師がこのレプリカの前で「Lemon」を歌ったのは、まだ、記憶に新しいかもしれない。

「最後の審判」を見ると、時々、昨年、長野市にある刈萱山西光寺で見た「六道地獄絵」を思い出す。宗教の違いはもちろんあるが、どちらも、地獄に落ちる者を決める審判の図だ。「最後の審判」では、中央のキリストが右手を挙げ、その右側(画面左側)に並ぶものは天国に、そして左側(画面右側)に並ぶものは地獄に行くのだという。ただ、描かれている人物が誰なのかを解釈するには歴史や宗教の教養がかなり必要だ。「六道地獄図」は、閻魔による審判の前と後がプロセスとして描かれ、特に、地獄に落ちた時の恐ろしさが目を惹く。こんなことをすると地獄に行くぞ、と民衆に絵解きをするための教訓だ。あらためて言うまでもないかもしれないが、どちらも、現世の話ではなく、審判者は人ではない。

最近の国際報道を見ていると、どうも、この審判の在り方が怪しくなってきている。頻発する国際貿易に関する紛争解決の役割を負ったWTO(世界貿易機関)。トランプ大統領就任以降とかく議論の的になるツイッタ―。WTOの話は「最後の審判」に似ている。法律や国際関係の教養がある程度なければ理解しにくいだろう。審判には専門家が必要だということだ。ツイッタ―の話は「六道地獄図」に似ている。こんなことをすればこうなるぞ、というすべての人に通ずる警告あるいは教訓に近い。もちろん、いずれも現世の話であり、審判者は人である。(A.T.)

 

(2)審判者の不在

 日本と韓国との外交関係が複雑になってきた。歴史、貿易、そして安全保障が交錯している。7月1日、経済産業省は「7月1日より、(中略)外為法輸出貿易管理令別表第3の国(いわゆる「ホワイト国」)から大韓民国を削除するための政令改正について意見募集手続きを開始」すること、「7月4日より、フッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素の大韓民国向け輸出及びこれらに関連する製造技術の移転(製造設備の輸出に伴うものも含む)について、包括輸出許可制度の対象から外し、個別に輸出許可申請を求め、輸出審査を行うこと」を発表した。「ホワイト国」とは、安全保障上の友好国として輸出管理についての優遇措置が適用される国のことで、韓国も含め27カ国ある。

発表当初から、太平洋戦争中の旧朝鮮半島出身労働者問題に関して韓国最高裁が日本企業に賠償を命じる判決を言い渡した、いわるゆ「徴用問題」と関連付けながら報道されている。世耕経産相は、7月2日の会見で、今回の措置を「徴用問題」への対抗措置ではないとしたうえで、「徴用問題」については満足できる解決策が示されておらず韓国との信頼関係は著しく損なわれた状況だ、とする見解を示した。「徴用問題」については、日本側はすでに国際司法裁判所に提訴する可能性をも示唆している。

この措置が厄介なのは、関係する3つの品目は、武器製造ばかりではなく半導体の製造にも必要だという点と、安全保障に関わる貿易上の制度と歴史の問題が関連づけられてしまっている点だ。韓国側は、今回の措置を「徴用問題」に対する経済的な報復措置だとしてWTOに提訴する姿勢を示した。河野外相は、7月9日の会見で、「日本はWTOに沿ったことしかやりませんし、この輸出管理というのは安全保障上の非常に機微なことでございますので、ルール通りにしっかりとやってまいりたい」と発言している。

困ったことは他にもある。WTOの紛争解決、つまり審判の役割である。河野外相は、6月9日の会見でこの点に触れ、紛争解決の役割を負うWTO上級委員会には、定められた期限を遵守できなかったり、上級委員会の判断に対する異議申し立てができないなどの問題があることを指摘している。こうした背景には、新たな委員が選任されない状況が続いていることがある。本来7人いるはずの委員が、現状では3名で、今年終わりまでにはこの内の2人が任期となる。常に中央に右手を挙げたキリストがいる「最後の審判」とは違い、現世の審判では、審判者不在という事態が起こりうるということだ。(A.T.)

 

(3)誰が審判するのか

ツイッタ―が投稿されるつぶやきの内容を審査するという。6月27日、ツイッタ―は公式ブログを通じて、差別や暴力を煽動するようなツイッタ―のルールに違反した投稿には、違反内容を記した警告を付けると発表した。対象となる投稿者は、現に政府高官であるかその予定者や選挙活動中の者で、10万人以上のフォロワーがおり、公認されたアカウントから投稿していることだという。過去の記事には適用されない。警告は投稿記事を覆う「旗」として表示され、旗を消せば、記事そのものは読める状態になるようだ。記事そのものの削除はしないとされる。

選挙期間中から、色々な、つぶやき、で議論を巻き起こしてきたトランプ大統領の投稿は、公式ブログの記事の内容がそのまま運用されれば、審判の対象となるだろう。ところが、人種差別的だとして、世界の政治リーダーを巻き込みながら議論となっている「帰れ(Go Back)」のつぶやきには、まだ旗は立てられていないようだ。7月14日、トランプ大統領は、「民主党の『急進的な』女性議員たちは、世界最悪の国から来て、地球上で最も偉大で強力なアメリカの国民に対して政府はこうすべきと語っている。国に帰ってはどうか」(NHKホームページから)とつぶやいていた。

「帰れ」問題について、ツイッタ―は公式のコメントは出していないようだ。以前、ここのエッセイでも取り上げたクライストチャーチ協定のような、民間と政府が協働したサイバー・スペースへの国際的なガバナンスへの取り組みは始まっている。そうした取組みを実行するとすれば、ツイッタ―などSNSへの投稿に一定の制約をかけることになるだろう。その時には、制約の対象を決める基準と審判者が必要になる。実際、ツイッタ―には独自に定めたルールがあり、独自の審判者も配置している。話題となっている「帰れ」のつぶやきへのツイッタ―の対応が、そうした審判に基づくものだとしたら、「帰れ」に対する批判の高まりは、その審判者の判断に疑問を投げかけるものだといえよう。本当に制約の対象にはならないのか。何が制約の対象になるのか。

もし、警告や教訓が示している「罰」が現実のものとならなければ、そうした警告や教訓の示す内容は意味を持たなくなる。それが繰り返されれば誰もそれを信じなくなる。そこに、「六道地獄図」を使った絵解きと、現世での審判との大きな違いがある。ただ、同時に、忘れはいけないのは、「六道地獄図」の閻魔は間違えないが、現世の審判者には間違えることもありうる、ということだ。(A.T.)

 

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