展評 上田市立美術館 「未来のミライ 時をこえる細田守の世界」 「没後100年 村山槐多展」

  • 2019/8/20

(1)「未来のミライ 時をこえる細田守の世界」

 「未来のミライ 時をこえる細田守の世界」展、上田市立美術館。この美術館は、千曲川と上田城の間に建てられた複合文化施設サントミューゼの中にある。台風の影響を気にしながら、開場に併せて到着できるように出かけた。

お盆休みのせいもあるのだろう。会場には家族連れが多く小さな子どもたちもたくさんいた。他の美術館や展覧会では遠慮されることの多い家族や仲間との会話がここでは自然に感じられ、子どもたちもよく動いていて、基本的に騒々しさが絶えなかった。そこでたまたま隣り合った人と話しているような会話も聞こえてきた。

「おたく」という言葉を思い出した。Cool Japanを連想させる今の「オタク」とはちょっと違い、1980年代の「おたく」にはある種の蔑視が含まれていた。マンガやアニメの愛好家が集まるところで、初対面の相手に対して「おたく」と話しかける人が多かったというのがその語源とされる。ところがこの会場で感じたのは、むしろ、「おたく」に含まれる蔑視でもなくどこかcoolな「オタク」でもない、日常的過ぎるくらい普通なイベントの雰囲気だった。美術館では稀有な経験ではある。

確かに今年はマンガやアニメの展覧会が多い。日本だけではない。2年前には北斎を並べた大英博物館でも、今年はマンガを並べた。芸術祭のほかに何か所かそんな展覧会にも足を運びたい、というのが今年の僕の夏休みのぼんやりとしたプランだった。多少、ミーハー気分、もしかしたらもはや死語か、であった。

見応えがあった。個人美術館の常設展示を見るようで、作品やパネルの並べ方とキャプションからは、作品や作家の意図や技法を系統的に伝える、という明確な意図が感じられた。そうしたキュレーションの妙なのだろう。『未来のミライ』の作品構成の中にアニメ制作の過程を落とし込みながら、しかも、前作品たちを参照点とした細田作品の特徴やアニメ制作の技術的な話まで紹介してくれている。一見複雑な内容のようにみえるのだけれど、多少時間さえかければ、無理なく頷きながら見進められる。制作に関わった多くの人たちの動きが、おそらくそのほんのわずかな部分に過ぎないのだろうが、幾分なりとも伝わってきた。そう感じると同時に、ここでは見られなかった、あるいは語られてはいない、数多の交流やすれ違いの存在を予感することまでできるような気がした。

展示室を出た。ロビーの窓から外を見ながら天気をうかがった。来た時よりも怪しくなっている。西の山には雲から伸びた靄のような白いものがさらに下方に動いていた。雨も降りだした。かなりの時間この展覧会に居たようだ。入る前に居たミーハーな自分を、少しだけ、叱ってやった。(A.T.)

(2)「没後100年 村山槐多展」

 お盆になると無言館に行ってみたくなる。戦没画学生の作品を集めた美術館だ。特に今年は、多くの若手が夢半ばで犠牲になった京アニの出来事や、戦争の歴史認識が関わったあいちトリエンナーレでの出来事などを考えると、この時期に訪ねるのには、例年とは違った意味があるように考えていた。予定では無言館とデッサン館にまで足を延ばすつもりでいた。ところがホームページを見るとデッサン館はこの3月で閉館したようだ。いざ当日になると、今度は天気の具合が怪しい。結局、供養台に絵筆を手向けるのは諦め、サントミューゼから遥拝することにした。心残りではある。

「没後100年 村山槐多展」。「未来のミライ 時をこえる細田守の世界」と同時開催の企画展だ。展示されていたのは最近確認された作品を中心に294点。行くはずだったデッサン館には槐多の作品を含むコレクションがあった。いまは信濃美術館に移管されている。この展覧会でもそこから28点が展示されていた。槐多作品のコレクションは三重県にもある。県立美術館に槐多の絵画と文章が集められている。そこからは晩年の作品を中心に23点が並べられた。

村山槐多。槐多は22歳5か月でこの世を去り、その間に、絵画の他に多くの文章も残している。その名前も森鴎外が付けたものだ。父親が鴎外家の家庭教師をしていた。僕がこの名前を初めて知ったのは、高校時代、石川啄木に耽っていた頃だ。肺結核での夭折というのが気になった。槐多と啄木にはもうひとつ共通点がある。短いながら恋多き人生だったようだ。ただ啄木とは違い、槐多の恋は成就しないものばかりが知られている。

この展覧会で初めて知ったのだが、どうやら失恋経験が槐多の荒れた生活ぶりばかりではなく、画業にも影響していたようだ。確かに、幾つかの展覧会で槐多の作品に点々と出会うたびに、何だかずいぶん違った感じの絵をいくつも描いている作家のように思っていた。生涯を通したこの展覧会を見ると、幾度かの失恋の時期も含め、どうやら何回か作風を色々に変えてきている。槐多の作品、と言うよりは、槐多何歳の作品、という見方した方が良さそうだ。

展覧会に入る前、同じ建物にある喫茶店でパンケーキとコーヒーを小腹に入れた。パンケーキの方は『未来のミライ』に出てくるパンケーキを模した展覧会との連携企画。コーヒーは、生のコーヒー豆をいったん発芽させてから焙煎したものを使っているという。確かに、何と言うのだろう、口当たりのいい優しい感じになっていた。雲行きに急かされながらの帰り際、その店の前を通るとそのコーヒーの香りが僕の鼻腔を通り抜けた。(A.T.)

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