書評 ジャポニスム3題 『ジャポニスム』『モネとジャポニスム』『ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展』

  • 2019/9/8

 

(1)『ジャポニスム』

宮崎克己著 講談社現代新書 2018年

何がきっかけだったのかははっきりしないが、ここ数年、ジャポニスムが気になっている。正確を期すとするならば、自分がジャポニスムを気にしているようだということに最近気づいた、と言った方がいい。印象派やナビ派などの絵画やポスター、アール・ヌーヴォーのガラス器などの工芸品や家具、そして陶磁器。いくつもの展覧会を見ているうちに、キャプションなどにしばしば登場するジャポニスムという言葉が、いつの間にか気になりだした、というのが実際に一番近いような気もする。

この本は、帯に使われているモネの「ラ・ジャポネーズ」がまず目を惹く。絵を除く帯全体も赤く、「ラ・ジャポネーズ」を実際に見たときの第一印象を思い出させる。この本がいささかトリッキーなのは、口絵のカラー図版にも「ラ・ジャポネーズ」をはじめとした印象派やポスト印象派の作家たちの絵画が並んでおり、美術・芸術のジャポニスムの話しだろうと思わせる。ところが、目次をみると、ある時期の社会年報派の社会史で見かけたような言葉たちが並んでいる。いったい何の本だろう。

「はじめに」に目を通して納得した。ジャポニスムの作品や作家の紹介よりは、むしろ、ジャポニスムとして包括されてきたある種の文化伝播を、その背景や後世への影響も含めて俯瞰しようというのが宮崎の意図のようである。ある時期の萬古焼、輸出用陶磁器、北斎、アール・ヌーヴォーの工芸品などを見るたびに気になっていた、日本と西洋の間での意匠や技法の往復運動。この本の問題意識は、僕が気にしてきたこととぴったりと重なっていた。文化伝播には、それが文化人類学で扱うような伝統文化や民俗文化であれ、様式・技法や主義・主張として語られるような美術の話であれ、そこには必ず、情報、モノ、媒介者が存在するはずである。そうした情報、モノ、媒介者の存在を文化伝播の在りようと結び付けようとするならば、確かに、ある時期の社会史の手法に似てくるのも頷ける。

読み終わって、少し悔しいような感じもした。僕と同じようなことを考える人が他にもいた。いや、宮崎は専門家なのだから当然と言えば当然の話ではあるのだけれど。少し嬉しかったのは、この本の中で、こうした分野での研究は少なくこれから進められていくべきものだと言ったことが点々と書かれていたことだ。僕にもできることがあるかもしれない。と思わせてくれた。(A.T.)

(2)『モネとジャポニスム』

平松礼二著 PHP新書 2016年

美術やアートの話をしていると、一番たくさん見た作家は誰ですか、と時々聞かれる。大学院時代ぐらいまでならば、北斎、小山敬三、池田満寿夫、東山魁夷あたりが一番多かったであろう。時間はあったが金がなく行ける展覧会は限られていた。帰省を口実に訪ねられる、長野ゆかりの4作家の作品のある美術館や展覧会が、こう言って良ければ、お手頃、だった。今ならば、おそらくモネ、ピカソ、シャガールあたりであろう。ピカソとシャガールは以前から見る機会は少なくなかった。最近特に増えたのはモネであろう。ウォータールー橋の連作が気になっている。

「はじめに」によると、日本画家の平松がモネと出会ったのは50歳の時オランジュリー美術館の「モネの部屋」で、だという。もちろん知らなかったわけでも見たことがなかったわけでもないが、その時に、衝撃を受けた、とある。壁面に描かれた「水連」の連作に平松は屏風画を見た。この本では、それ以来の日本画の技法によるモネへの接近の歴史が語られている。

もちろん、タイトルから連想される通りジャポニスムや印象派の解説があったり、日本画を世界の文脈で捉えたりすることにもかなりの紙幅を割いてはいる。ただ、やはり圧巻なのは、画家の目を通して、モネや印象派の作品を見たり同じ光景をみたり、実際に日本画の技法でそれを描いたり、という僕には絶対に真似のできないことを、文章を通して表現してくれているところだ。読みながら、点々と多和田葉子の『エクソフォニー』と重なるところがあるような気がした。異なった文化的な文脈のなかで異なった技法を使って、平松の場合には日本画の技法、多和田の場合にはドイツ語、作家の視点を移動させながら何かを表現する。分野こそ違うけれど、これは僕がやろうとしてきたことと似ている。

昨年、名古屋市美術館での『モネ それからの100年』展で平松の「夏の気流(モネの池)」を見た。この本は既に読んでいた。作品を見ながらこの本のことを思い出していた。 この展覧会の図録に寄せられた平松のメッセージには、この本に収められたモネとの交流の時間が短く要約されている。(A.T.)

(3)『ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展』

『ボストン美術館 華麗なるジャポニスム展』図録 2014年

ポスターに使われた「ラ・ジャポネーズ」の赤が目を惹いた。モネの大作である。宮崎克己の『ジャポニスム』の帯につかわれるなど「ジャポニスム」と同席することの多い作品のひとつだ。修復するという話は聞いていたのだけれど、修復後最初の公開が日本であることは知らなかった。2014年に東京から京都と回った巡回が、2015年に入り名古屋に来るのを待って見に出かけた。会場は、昨年10月に閉館してしまった名古屋ボストン美術。

この本はその展覧会の図録である。表紙には、当然のように、「ラ・ジャポネーズ」が使われている。展覧会で展示されていたのは150点弱なので、この数だけを見れば規模の大きな展覧会とは言えないかもしれない。ただ、ここ何年かだけを考えれば、おそらく僕には最も印象に残っている展覧会だろう。

主な理由が3つある。ひとつ目は「ラ・ジャポネーズ」だ。写真などで見るよりも大きく感じた。会場でキャプションを読み切ることはめったにないのだけれど、修正の過程のキャプションは丁寧に読み切った。ふたつ目は展示物の多彩さである。絵画だけでも浮世絵、油絵などの沢山の作家の作品が集められ、さらに工芸品が加わる。何をどう見たらいいのか、かなり頭を使った。そして3つ目は、広重の「東海道五拾三次之内 四日市 三重川」とモネの「トルーヴィルの海岸」である。広重の「四日市」は色々な形で何回も見ている。日常的に目にしていると言ってもいい。大学にもその伊勢型紙がかけられている。「トルーヴィルの海岸」は画集などで何度か見ている。にもかかわらず、この時まで気づかなかった。モネは「トルーヴィルの海岸」を描く時「四日市」の中に描かれている風に吹かれた木の造形を参照しているという。四日市のマンホールの蓋にも同じ木の造形を使ったものがある。デザイナーはこのことを知っていたのだろうか。

直後に開催された、『ダブル・インパクト 明治日本の美』展にも足を運んだ。ボストン美術館と東京藝術大学の収蔵品が展示された。もちろん「ジャポニスム」という言葉が、こちらの展覧会でも何回も見かけた。(A.T.)

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