時事雑感 授業準備の頃

  • 2020/3/4

 大学に来る時にはほぼ毎回のように同じコンビニに立ち寄る。よく知った留学生がアルバイトをしている。先日のこと、休みの時にも大学に行くんですねぇ、と件の留学生。学生にとっては、春休みは休みだけれど、教職員にとっては多忙な時期である。毎年この時期になると新年度の授業準備で気忙しくなる。僕にとっては、今年度までの復習と来年度に向けた予習とが両肩に乗っかり、肩こりが抜けないシーズンでもある。

 日本では、年度の節目を挟んで卒業式と入学式とがわずかな時差で続く時期でもあるせいか、今という時代に目を向ける機会がいやでも増える。そう仕向けるのは祝辞だろう。特に、祝辞を準備する側にとっては、小ジャレタ話題を探したり、もっともらしい故事を引いたりと、今という時代を生きる若い世代に相応しい言葉たちと出会う時期でもある。聞く側も、好き嫌いはあるだろうけれど、そうした言葉たちの存在を再確認させられる。

 人間には自分の生きている時代を激動や変化の時と見たがる傾向があるようだ。ただこれは、古代エジプトからあるとされる「最近の若い者は・・」という中年以降の小言と同じで、口癖のようなもの。近年では、おかしな天候ですね、と言うのも同じようなものかもしれない。普段はそんな風に考えているのだけれど、授業準備をするこの時期にはしばしば時代の変化を実感せざるを得なくなる。そこで出会う言葉たちは、小ジャレタものでも故事でもなく、国際情勢に関わるどちらかと言うとごつごつとした硬質な言葉たちだ。そうした言葉たちが形作る出来事や思想は、何年かごとに内容が更新されるテキストを使っているのだけれど、このテキストだけでは、やはり説明しきれない。そんなことが確実に増えてきている、と実感させられるのがこの時期だ。

 この1年間の国際情勢を復習していると、米中貿易摩擦、INF条約の破棄、イラン問題、米朝関係、中東和平案などなど、冷戦終結以降の出来事が覆されるような出来事が目立った。昨年12月には、イランと米国との間であわや武力紛争が発生するか、と言う事態にまで至り、北朝鮮から発射されるミサイルとは別の形で、核の恐怖が再び差し迫ったものとなっていた。と、こんな風に並べると、テキストで充分説明できそうにも思う。説明しきれない残余の多くは、なぜ今のなのか、という問いへの答えである。冷戦終結前後、同じ問いが様々な場面で繰り返された。これからどうなるのか、という、いわば予習の問いも同様だ。現在から見れば、冷戦終結はある大きな変化であったとするのは自然だろう。その前後に繰り返されたような問たちが、再び舞い戻ってきたようだ。おそらく、今も、ある大きな変化の時代にあることの証左なのだろう。(富田与)

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