時事雑感 見えない次元(1)(2)(3)

  • 2020/3/9

(1)

 気になっているアニメ作品というのがいつも幾つかはある。『サマー・ウォーズ』。これは新作の時から今に至るまで気になり続けている作品のひとつだ。2009年の公開だから10年以上にもなる。公式HPには「ふとした事から片田舎の大家族に仲間入りした少年が、突如世界を襲った危機に対して戦いを挑む物語である」とある。最初は舞台となっている長野県上田市の描かれ方が、歴史的なものも含めて気になっていた。僕のふるさと松代はそこから峠をひとつ越えたところにある。作品から垣間見える真田家は、江戸時代には松代藩の藩主だった。次に触角を動かされたのは聖地巡礼である。ゼミでも聖地巡礼を時々取り上げたりしていたせいもあるのだけれど、それ以上に、作品に登場する幾つかの場面から、もしや、と思わせる実際の風景が僕の視覚記憶のアーカイブでヒットした。

  いまはそれまでとはまったく違った関心がある。「見えない次元」をリアルなものと認知せざるを得ないような世界観が気になる。目には見えないサイバースペースにある仮想世界OZ。そこでのアバタ―たちの関係がリアルスペースでの人間関係に呼応する。OZを乗っ取ろうする人口知能ラブマシーンによる混乱はリアルスペースの軍事事情と照応する。そこにはリアルスペースがサイバースペースを制御するのではなく、2つのスペースが互いに制御し合うような世界観がある。

  日本政府が発表した第5期科学技術基本計画(2016-20年)では「サイバー空間とフィジカル空間(現実世界)とを融合させた」形で生まれる「超スマート社会」が構想されている。いわゆるSociety5.0である。科学技術基本計画ではあるべき社会の姿とされるSociety5.0によく似た世界観が、細田作品ではリアルスペースでの混乱の原因として如何にもアニメらしく描かれている。共通しているのはリアリティーとその外側との境界の希薄化。科学技術基本計画では、その希薄化はリアルあるいはフィジカルなスペースでの物理的制約を取り除き新たな利便性をもたらすとされた。

   『サマー・ウォーズ』では、サイバースペースとの間に様々な距離感を持つ人々が、サイバースペースで起きた制御不能な危機で振り回される。サイバースペースは、あるものにとってはゲームの話しでしかなく、別のあるものにとっては日常世界と継ぎ目なく繋がった生活の舞台となっている。それは情報格差に似ていて、リアルスペースにいる一人ひとりとサイバースペースとの関係の濃さを色で塗り分けると、まだら模様ができるはずである。ところが、サイバースペースからリアルスペースへの影響の大小はこの色の濃淡とは一致せず、細田の世界観のなかでは、サイバースペースとの関係が薄い人物の生命もサイバースペース発の危機により脅かされる。サイバースペースの国際的な管理が議論される一方で、サイバー攻撃やフェイクニュースに関する報道が増えている。日常生活のなかにすっかり組み込まれた「見えない次元」の存在を、リアルな前提とした、『サマー・ウォーズ』の世界観は、もはやSFの話しだけでは済まされなくなっている。(富田与)

(2)  

 ソール・ライターという写真家が居る。居た、と言った方がいいのかもしれない。すでに故人だ。2013年に89歳で他界するまで、ニューヨークの普通のストリートで撮影を続けた。日本で初めての個展が開かれたのは2017年。展覧会の検索に使うartscapeの展覧会スケージュルで個展があることは知っていた。ただ、ライターって誰だろう、と思っただけで、それ以上調べることもせず、すっかり忘れていた。先日、久しぶりにその名前に出くわした。日曜美術館がBunkamuraでの個展を取り上げた。

 日曜美術館とその後買った『永遠のソール・ライター』で彼の作品の幾つかを見た。不思議な作品が多い。写されているのは普通のストリートで、写っているのも普通の人々に見える。ところが、何だろう、と少し首をひねる文字や模様が点々と、もやっとした不自然な光も映っている。番組の解説で分かった。ただのストリートではなく、窓や鏡に映ったストリートの様子を写した作品が多いのだという。確かに、文字は鏡像になっているものが多い。そんな作品以外にも、普通のストリート風景を写したようなものもあるのだけれど、何を撮っているのか分かりにくく、僕にはほとんど分からないものもある。『永遠のソール・ライター』では、写真作品にアフォリズムのような彼の言葉が添えられているものがある。「私はただ人の家の窓を撮るだけなんだ。たいしたことじゃない」(p.164)。なるほど、そんな写真が多い。「私の好きな写真は何も写っていないように見えて片隅で謎が起きている写真だ」(p.36)。一体何が謎なのか、僕には見つけられないものもある。謎だ。

 どうやらライターも日常生活の「見えない次元」を気にしていたようだ。彼の場合は、あるかもしれないもの、というよりは、あっても気づかないものを、写真に捉えようとしていた。「写真を撮るとき、絵のことは考えなかった。写真を撮ることは発見すること。それに対し、絵を描くことは創造することだ」(p.78)。アニメや絵画、あるいはスタジオでの撮影に共通するのが何かを意図的に作り出すことすなわち創造だとするならば、ライターは何かを発見しようとしていたのだろう。「時折見逃してしまうんだ。大切なことが、今、起きているという事実を」(p.24)。その大切なことが発見できるのは、特別な場所ではない、近所のストリートでだ。「神秘的なことは、馴染み深い場所で起こる。なにも、世界の裏側まで行く必要はないのだ」(p.196)。

 日曜美術館を見ていると、Bunkamuraの個展には若い世代が集まっていたという。目立たないこと、頑張らないことを旨としたライターの生き方が共感を呼んだようだ。分からないでもない。ただ、ライターには、ちょっと皮肉な言い方ではあるけれど、どう頑張っても注目されてしまう何かがあったのだろう。だから日本で個展が開催された。僕には、目立たないことや頑張らないことよりは、むしろ、そんな生き方のなかで彼が発見した「見えない次元」の方に興味が湧く。個展には足を運べなかったのが悔やまれる。(富田与)

  (3)

 あるかもしれないもの、あるいはあっても気づかないものすなわち「見えない次元」が、日常生活のなかで何層にも重なることがある。例えば、COVID-19とその周辺で生まれたInfodemicがそれだ。1月30日、WHO(世界保健機関)は「新型コロナウイルス感染症」を「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態 」であると宣言し、その後、病原であるコロナウイルスはCOVID-19と命名された。同じ頃、WHOは、InformationとPandemicあるいはEpidemicを合成してInfodemicという言葉を作った。大量の情報が広域に伝搬する状況を指す言葉だという。問題なのは、広域に伝搬する大量の情報の中にかなりの偽情報、特に予防や治療に関わるような偽情報が含まれていることだ。

  COVID-19に感染して発症すれば苦しむことになる。率は低いとはいえ死因にもなりうる。しかしウイルスは目には見えない。そのあっても気づかない目に見えないものが体内に侵入することを防ぎ、感染症から身を守らなければならない。どうしたらいいのか。情報がない訳ではない。むしろ多すぎるのである。その多すぎる情報の中には、予防や治療に関する適切な情報があるかもしれない。しかし、どれがその情報なのかは分かりにくい。「見えない次元」が重層化している。

  この時期に信じられやすい情報は、不安や恐怖から逃れる期待を高めてくれる情報だろう。もしその情報に従ったことで不安や恐怖から逃れられれば、その科学的根拠などは検証されることのないまま「事実」とされ、「神話」が生まれる。いささか突飛な言い方だが、情報を消費する側は、おそらく日ごろから分かり易い情報に慣れ過ぎてしまっているのであろう。分かりにくい専門的な説明や情報は忌避され、白黒がはっきりと付け易く使い易い情報が良しとされる。その一方で、専門家の発した情報からは、分かりにくいながらも、時間を追いながら丁寧に情報を辿って行けば、ある納得できる「仮説」は得られる。ただそんなことをする人は限られている。そこには、「神話」でとどまる人々、「仮説」にまで至ろうとする人々、さらに新たなエヴィデンスを求めながら「事実」を追求しようとする人々などなど、『サマー・ウォーズ』で見たまだら模様のようなものが見えてくる。

  月並みではあるけれど孔子の言葉を思い出した。弟子の仲由子路に為政を解いた一節である。「知之爲知之、不知爲不知、是知也」。「これ知るをこれ知るとなし、知らざるを知らざるとなす、これ知るなり」。知ったかぶりをするな、あるいは、無知の知などの解釈があるようだ。今ならば、エヴィデンスの有無を質せ、とも解釈できそうな気もする。ただ、厄介なのは、エヴィデンスの在り方は一様ではないということだ。自らの経験だけでもエヴィデンスと考える層、科学的に確かめられていることをエヴィデンスと考える層、さらに新しいエヴィデンスを探す層などなど、それはちょうど、謎に気づかない普通の通行人とそれを写真に収めたライターとが同じストリートにいる様子に似ている。こうしたなかで、ひとつだけ、僕が思いつく限りではという話ではあるだけれど、確かそうなことがある。それは、「見えない次元」の重層化が進むと、情報は操作しやすくなるということだ。COVID-19に限らず、今の時代いつも気にしなければならないことには違いない。(富田与)

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